いよいよ葬儀
・関係各所の調整がつき、妹の葬儀が行えたのは、もうすぐ2月になろうかという頃だった。警察から連絡を受けてからほぼ3か月。命日(と思われる時期)からだと4か月かかった。待たせて申し訳ないが、こちらではどうしようもなかったことが多すぎた。理解してもらえるといいのだが。将来、話をする機会があれば説明したいと思う。
・火葬場は多摩地区にある大規模な墓地に隣接したところ。いったことはないが、カーナビの指示でたどり着く。なかなか大きな施設だった。この日も多くの葬儀があるらしく、駐車場はほぼ満車。係員に誘導され隅っこに入り込んで駐車。
・待合所のようなところに案内され、葬儀屋さんの担当者の到着を待つ。駐車場に面した施設の建物の軒先に、数人の僧侶の方々が佇んでいた。あとでわかったのだが、そのうちにのお一人が、妹の引導作法をお願いした方だった。
・しばし待機の後、葬儀屋さんの担当者が到着。いよいよ火葬です。遺体収容袋越しでしたが、久々の対面。コロナ禍になり、このような別れになるケースが多いということは何度も聞いていたが、自分が妹とこんな別れを迎えることになるとは…。
・これまでは多忙に紛れ、どこか他人事のようだったこの事態のとらえ方が、この時に変わったような気がする。これまでのと同じような生活にはなかなか戻れないだろうな、と強烈に感じた。
・お経をお願いした僧侶の方に挨拶。千葉ニュータウンの方から来ていただいたそうで、この時間にここにいるには、何時に出発されたのか気にかかる。葬祭業界のシステムもなかなか奥が深い。
・いよいよお別れである。炉(と言うのかな)に入ってから待つこと数十分。これまでの経験からするとかなり早く、収骨になった。僧侶のお経と共に収骨は終わり、事前の打ち合わせの通りの経済的やり取り。
・骨は結構立派なものだった。もともと大柄なやつだったが、病気で何か、ということはなかったようだ。まあ、素人なのでわからんけど。ようやく一歩事態が進み、安心感があったのは確かであった。
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